どうも!!あぽーです!!
〈目次〉
はじめに
つい先日、来年度の新センター試験における民間の英語検定の利用の中止が発表されました。
元々英語民間試験の導入の経緯として、従来の聞く・読むだけでなく、言語において重要な話す・書くといったことにも重点をおいて英語の試験を実施し、試験のための英語ではなく、使える英語を身につけるための試験に変えるということがあると思います。
しかし、民間試験の導入に関しては公平性の担保が難しいとの理由から次年度における新センター試験での導入が中止されたのです。
私はこの判断は正解だと思います。
なぜならば、現状の公的な英語教育において話す・書く技能の習得は重視されておらず、それを習得するためには学校の授業だけでは足りないと考えるからです。
もし、話す・書くことを試験に導入したいのであれば学校教育の改革を先に行うべきです。
しかしそれは今までの日本の英語教育が間違っていたということではありません。
今までは現状の英語教育で良かったものが、今の時代にそぐわなくなってきているということです。
今回はそのことについて記事にしていきます。
日本の英語教育は間違っていない!!
私は2018年の10月から1年間カナダに住んでいました。
カナダに行った当時英語が全くできなかったので語学学校に通っていたのです。
そこで受講した授業は日本の学校の授業とは全く異なり、『話す』ということがほとんどのウエイトを占めている授業だったのです。
机付きの椅子をコの字型にならべ、クラスのみんなが意見を出し易くなるような授業運営をしていました。
日本の授業では机を黒板の方向に並べ、先生の話を聞くというスタイルが一般的です。
『話す』ということにフォーカスするのであれば、私がカナダで受けた授業スタイルがベストでしょう。
現にカナダに行く前には英語が苦手で仕方がなかった私が、日本に来た外国人の友達の観光案内をするまでになっています。
しかし、私は今までの日本の教育が間違っていたとは思いません。
なぜならば、今まで日本人にとって日本国内では日本語以外を話す必要がなかったからです。しかし、外国からの情報を取り込むために外国語の読解力は必要でした。
英語で情報を集めると日本語だけで集めるよりの100倍近い情報を得ることができるそうです。
そのため、日本の教育は英語の文章を読むことに特化した教育になっていたのです。
日本人は英語ができないと言われていますが、そんなことはありませんでした。
英語ができないのではなく、英語を話すことができないのです。
文章を書いたり、単語の意味を答える場面では日本人のレベルは非常に高いのです。
これは、私が海外に出て感じたことです。
話す能力は今まで必要なかっただけで、これから育てていけばいいのです。
英語民間試験について
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しかし、英語の民間試験を新センター試験に導入することには私は反対です。
なぜならば学校教育において英語のspeakingを鍛えることが現状難しいからです。
英語を綺麗な発音でネイティブと会話できるレベルの学校の先生が何人いるでしょうか?
英語の民間試験で超難関大学合格レベルを取れる先生が何人いるでしょうか?
日本の教員養成の授業で英語のspeakingに力をどれだけ入れているのでしょうか?
学校で学べないことを試験に導入するとなれば、みんなそれに特化した塾などに通いたいと思うでしょう。
では、塾に通うことのできない家庭の子はどのように勉強すればいいのでしょうか?
今の時代インターネットなどを使えば学べるという意見もあるでしょう。
しかし、そういう問題ではなく、教育を受ける機会の均等が担保されていないということなのです。
speakingを大学入試に取り入れたいのであれば、まずは学校の授業改革を行う必要があり、それが完了してからではないでしょうか?
私はそう考えます。
まとめ
つまり、今回の記事で言いたいことは、今までの日本の教育が間違っていたのではなくて、教育を取り巻く環境が変化しているということです。
そして、それに合わせて変化していくことが求められるということでもあります。
英語を本当の意味で使えるようになれば日本人は世界中で活躍することができるポテンシャルを秘めていると思います。
私もこれからも引き続き英語の勉強をし続けなければと考えています。。。笑
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