どうも!あぽーです!!
今回は飛び級制度について書いていきたいと思います。
私は、教員免許状を持っています。
持っていても今はまだ使っていないので宝の持ち腐れなのですが…(笑)
そのため、教育問題には少し関心があります。
日本の教育の抱える問題点や改善点はいくつかあると思いますが、さまざまなところで議論が行われることによって、よりよく変わっていくのだと考えています。
この記事が、そのような議論の場になってくれればいいなと思います。
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飛び級制度とは?
さて、今回は『飛び級制度』について考えていきたいと思います。
「飛び級」とは一体どのような制度なのでしょうか?
ウィキペディアの文にはこのように記載されています。
飛び級(とびきゅう)・飛び入学(とびにゅうがく)とは学年制や等級制をとっている学校で、1学年・1等級以上を飛び越して上の学年・等級または上の学校に移ることである。 就学経験のない者が小学2年以上の学年・学校に入学する「中途入学」を含む概念である。
引用:Wikipedia
学校において1学年以上飛び越して上の学年に移ることや、中途入学することを指すようです。
私は見れていないのですが、ついこの前「日本初の飛び級で大学に入った天才物理少年」を特集したテレビ番組があったそうです。
こちらは大学への飛び級入学について取り上げたものだったようですが、つまり、過去には一度飛び級を採用していたところが存在するということになるのでしょう。
調べてみたところ、どうやら今もなお、千葉大学が飛び級制度を採用しているようです。
そのテレビで特集されていた方も千葉大学に入学されていたようです。
また、文部科学省によると、平成30年度入試の飛び入学は、千葉大学に加えて
で実施されているようです。
これらの多くは高卒認定制度を用いて入学する制度となっているようです。
有名な例を出すと、スキージャンプの高梨沙羅選手はこの制度を使って日体大への入学を決めました。
大学への飛び級入学制度は日本においても多くはないけれども存在はしているようです。
しかし、私が導入するべきだと主張したいのは義務教育における飛び級です。
なぜ、飛び級制度の導入を主張するのか?
昨年教育実習に行った時の実体験から話をすると、中学一年生においてすでに学力レベルはばらばらでした。
方や塾で予習しており授業が退屈な生徒、方や塾に行っておらず授業についてこれない生徒。
義務教育は、日本の子どもたちの教育レベルを一定程度保障するために存在しているはずです。
そのため、授業で教えるべきことが記されている教育指導要領は、難しすぎず簡単すぎない教育目標が設定されているように感じます。
しかし現状、できる子は授業は授業が簡単で退屈で仕方がなく、できない子は授業がわからなくて退屈であるという悪循環に陥っています。
義務教育の性質上、落ちこぼれを作るわけにいかないので、できる子のレベルに合わせた授業展開が不可能なのです。
そうなってくると必要になってくるのが、できる子が能力を発揮できる環境です。
できる子は塾等でどんどん上のレベルの学習を進めていきます。
そのレベルにあった学年に飛び級できるべきであると私は考えています。
しかし、それではお金のある家庭だけ塾に行けて、どんどん学力格差が広がるのではないかという懸念があります。
それを解消するためには、高等教育無償化をやめるべきだと私は考えます。
高等教育無償化をやめる!
高等教育無償化とは、義務教育以降の教育機関にかかるお金を税金で補償して無償化するという制度です。
私はこれは全くの無意味であると考えます。
高等教育を無償化すると高等教育の質が下がってしまう懸念があるからです。
お金が無くても誰でも入れるということは、お金が無くて進学をあきらめるしかない優等生をすくうことはできますが、同時に、お金のない上に学力的にもしんどい子たちが進学できてしまうデメリットも存在します。
学力的についていくのがしんどい子たちが進学すると、教育費だけがどんどんかさんでいき、日本の将来を担うような学力を持つ子たちに充てる教育費が少なくなってしまいます。
また、義務教育期間中についていけなくなった子たちが進学しても、その先の授業進度についていける子は非常に稀でしょう。
それだったら、義務教育機関にも留年制度を導入する方がまだましです。
その方が、確実に今の日本の教育レベルのボトムアップになります。
また、高校無償化ではなく、優等生にだけ「給付型奨学金」という形で支援すれば、お金がなくて進学を諦める人も少なくなるのではないでしょうか?
極端なことを言いますが、日本の義務教育機関はもうすでに崩壊しています。
教育レベルのボトムアップを目指したものであるのに、それが不可能になっています。
今その役割を担っているのは、個別指導などが可能な塾です。
日本の義務教育を崩壊させた塾が、今の日本の教育を担っているというとても皮肉な現状になっているのです。
そのため、私は高等教育無償化するくらいなら、塾に通うための補助金を出すべきだと思います。
「日本的な」学力を向上させる場所として塾を最大限に活用する必要があります。
学校は今の日本的な講義形式で身につく学力を向上させることをメインにする場ではなく、議論や討議、グループワーク、社会性などを身につける教育機関として再定義する必要があるのではないでしょうか?
塾で先取りした内容を、学校において活用する。
そのような教育が今の日本における理想であると考えます。
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まとめ
つまり、できる子にはどんどん新しい教育を、できない子にはその子に合わせた教育をするために塾を活用する。
塾で得た知識を活用する場、社会性を養う場として学校を使う。
優秀な子に関しては飛び級制度を用いて上の学年の子たちとの議論に参加し、さらに学力を向上させる。
このスタイルが日本の教育にとって最適なのではないか。
ということが言いたかった記事でした。
少し長くなってしまいましたし、なかなか乱雑な記事にはなりましたが、頭の中で描いていた理想の教育を文章に残すことができたという点においてとても良い記事になったかなと思っています。
あなたは、日本の教育問題をどのようにとらえていますか?
意見やコメントどしどしお待ちしています!!!
未来を担う子どもたちのためにより良い教育システムを考えていきましょう。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
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